【書籍】スクラム実践者が知るべき97のこと|97 Things Every Scrum Practitioner Should Know|書評

スクラムは意図的に不完全で設計されたフレームワークです。

そのため、スクラムガイドの通りに適用すればうまくいくというものでもありません。

経験主義がベースとされており、経験を重ねながら成長していきます。

しかしながら、ひとつのチームの経験からなる学習だけでは成長率もままならないでしょう。

本書は、世界中で活躍するスクラム実践者が自らの経験と知見を語ってくれます。

スクラムはチームの数ほどのスクラムがある、と言われています。

まったく同じ状況、文脈になることはないと思いますが、自分のチームに近い状況であったり、これから起こりうる未来を予見しうるような知見もあるかもしれません。

さあ、世界を旅しながらプロフェッショナルたちの話しを聴きに行きましょう。

Amazonレビュー|書評

こちらはAmazonに投稿したレビューです。

世界中のスクラムの英知を垣間見える

これは69名のスクラムの実践者による97本のエッセイを集めたものとなっています。
数が合わないのは数本の記事を投稿している人が複数いるからです。
※タイトルと表紙の写真を見ると97名がいそうな気がしますが。

本のタイトルは少しわかりにくいと思います。
読む前のメンタルモデルとしては、
『スクラムを実践するひとはこの「97個」をすべて知るべきだ』でした。
しかし、読んだ後としては、
『スクラム実践者が思う知っておいて欲しいことを97個集めた』です。

この本の感想を持つにあたって気をつけたいのは「はじめに」を読むことです。
普段、目次や前段の文章を読まずにいきなり本文を読む人も多いと思います。
この編集者の意図を読み取るためにもサラっと読んで欲しいです。

特に、下記の文章です。
”本書は、スクラムを学ぶための本ではない。”
”その代わり、スクラムフレームワークのルールや役割、スクラムの目的、スクラム適用の戦略、戦術、パターン、現場の体験談、そしてスクラムを超えたスクラムについての視点など、さまざまな知見やインサイトを提供する。”

自分の期待値を調整すると素直な目で読めるでしょう。

自分の胸に刺さる深い知見の気づきが得られることがあれば、
よくわからない、理解できないエッセイも多くあるでしょう。
※微妙なエッセイは飛ばしてしまいましょう。

このエッセイ集は変に編集者等の意図が入っておらず、
たくさんの著者が自由に投稿しているようで、
文脈の統一感はありません。
編集者がおかしいと思ったこともおそらく指摘せずにそのまま載せているでしょう。
※一人一人の著者は自身の経験をベースに信念を持って書いていると思います。

それが逆に生々しく、ひとつの正解などなく、
それぞれの実践者が経験的にスクラムを通して学び続けており、
よりよい方法を見つけ出そうとする、
アジャイルの価値観を体現しているように感じます。

現時点のスクラムガイドの最新版は2020年ですが、
こちらの本の執筆時点での最新版は2017年版だったようで、
各種の用語等は2017年版がベースとなっておりますのでご注意ください。
※こちらの日本語版の発売が2021年ですので買う前に誤解する人もいるでしょう。

ちなみに、本書は10名の日本人によるエッセイがボーナストラック的に
納められておりますのでお得感があります。

本書を読んで自分に響くエッセイを見つけたなら、
その著者の別の書籍やTwitter、Webサイトなどを見つけてみると面白いかもしれません。
※アジャイルやスクラム界隈の有名人ばかりです。

少し気になるのは著者のラインナップですね・・・
スクラムを作った二人のうち、ケン・シュエイバーがいるのに対して、
ジェフ・サザーランドのエッセイは収録されていません。
さらに、なぜ、クレイグ・ラーマンがいないのかなとか。
※ここは詮索しても仕方ありません。

全文読みましたが、質にばらつきがあると感じましたので星4です。
しかし、ひとつでもご自身に刺さるエッセイがあり、
それがあなたの何かを変えるとしたら本の費用と読んだ時間の元がすぐ取れるでしょう。

Amazonレビュー

目次|本書の構成

第Ⅰ部 始め、適応、繰り返し

スクラムのよくある誤解を解こうとしているもの、本質的なこと、スクラムを高い視点が見るといったテーマが多いです。

「第Ⅰ部」として選ばれていることも納得できる内容のため、全てに目を通してもらいたいです。

第Ⅱ部 価値を届けるプロダクト

スクラムを適切に回すことが目的になっている人はいませんか?

こちらはプロダクトオーナーの視点で書かれているものが多いです。

ビジネスの文脈の中でどのようなプロダクトをつくれば、高いアウトカムを達成できるのか。

そのためにはどのようにスクラムを効果的に活用すればよいのか。

そんな示唆に富んでいます。

第Ⅲ部 コラボレーションこそがカギ

アジャイルやスクラムにおける最重要概念のひとつである「チーム」に対する記事が多くなっています。

階層型組織におけるプロジェクトでは個人に作業が割り当てられます。

スクラムでは全ての作業はチームの責任となります。

そのため、機能した、自己管理型の、活性化したチームがスクラムの効果を飛躍的に高めます。

特に、スクラムマスターやプロダクトオーナー、組織のマネージャーに読んでもらいたいパートとなります。

ついでに、「Jira(課題&プロジェクト追跡ソフトウェア)」が名指しでダメ出しされています。

アジャイル開発宣言にも下記の文があります。

プロセスやツールよりも個人と対話を

アジャイル開発ソフトウェア宣言

ツールは便利であり、加速装置にもなりますので導入をしていくことは必要だと思います。

一方で、ツールを使うことによる弊害もある、とのことです。

第Ⅳ部 開発の複数の顔

プロダクトバックログとスプリントバックログについての示唆に富んでいます。

みなさんのプロダクトバックログは、未来のプロダクトを表すワクワクしたものになっていますでしょうか。

必要なものが全て含まれ、ムダなものが省かれるようにリファインメント(洗練)されていますでしょうか。

プロダクトバックログに含めるのはプロダクトオーナーからのキラキラしたユーザーストーリーだけではありません。

ソフトウェアとして必要な非機能であったり、バグや技術的負債を解消するものも含まれるでしょう。

「プロダクトバックログを作るのはプロダクトオーナーの仕事だと誤解しているケース」があります。

プロダクトバックログに対する責任と優先順位付けの決定はプロダクトオーナーとなりますが、作成についてはスクラムチームの全体で協力し合うのが良いでしょう。

第Ⅴ部 ミーティングではなくイベント

ミーティング(会議)という言葉はつまらない、退屈という印象があります。

イベントの方が楽しい、アクティブな感じがします。

以前には「セレモニー」と呼ばれたこともあったようで、こちらの表現が好きな人もいます。

スクラムではイベントが5つあり、それに加えてプロダクトバックログリファインメントというアクティビティがあり、チームによってはイベント扱いすることもあります。

それぞれのイベントにはスクラムの三本柱である「透明性」「検査」「適応」を守っていく目的があります。

ただ、形式的にイベントをこなすだけであれば、やらない方がいいですね。

どのイベントにも大切な目的があるということを伝えてもらえます。

第Ⅵ部 マスタリーは重要

スクラムマスター向けのパートとなります。

特に注目したいのは「66 #スクラムマスター道(#ScrumMasterWay)でスクラムマスターを終わりのない旅に導く方法」です。

ズザナ・ショコバさんは"SCRUMMASTER THE BOOK 優れたスクラムマスターになるための極意"という名著でも有名です。

スクラムマスターという役割は他に似たものがなく特別であり、チームや組織のシチュエーションによっても求められることが大きく変わります。

そのため、スクラムマスター自身も悩み迷いながらであることが多いです。

そんなイバラにも見えるような山の上り坂に一筋の道を示してもらえるかもしれません。

彼女はスクラムアライアンス認定スクラムトレーナーなので、いつかトレーニングを受けさせてもらいたいと思っています。

第Ⅶ部 人間。あまりにも人間

スクラムの中の人に焦点を当たられています。

人は不完全で、非論理的で、感情を持っています。一人として同じ人はいません。

このパートはかなりレベルが高いため、スクラムにだいぶ慣れてきて、また一段と高みに行きたい時に読むと良いかもしれません。

第Ⅷ部 価値がふるまいを駆動する

スクラムの説明をする際や絵にする時に、プロセス中心になってしまうことが多いです。

プロダクトバックログを作って、スプリントプランニングをやって、スプリントを回す・・・。

間違ってはいませんし、初めての人に対して分かりやすくするために、そうなることは理解できます。

しかし、より重要な概念は「透明性、検査、適応」の3本柱であり、それを支える「確約、集中、公開、尊敬、勇気」の5つの価値基準です。

5つの価値基準のふるまいがチームでなされ、3本柱の状態が維持されているとしたら、スクラムのプロセス通りにする必要もありません。「守破離」の「離」の段階に来たらもはやスクラムではないでしょうけれど、たしかにアジャイル(Be Agile)な状態であり、スクラムを通して実現したかった状態になっていることでしょう。

そのようなチームが量産されたら、いまよりもっと素晴らしい世界になっているでしょう。

プロセスは手段のひとつという捉え方をしておかないと、おかしなことになると思います。

ちなみに私も、5つの価値基準にもうひとつ追加できるとしたら「謙虚さ」をあげます。

スクラムガイドは定期的にアップデートされています。

未来のスクラムガイドに「謙虚さ」が追加されたとしてもなんら不思議ではありません。

第Ⅸ部 組織設計

スクラムマスターは組織の変革者とも言われています。

スクラムの効果を高めていこうとすると、スクラムチームの中では限界があります。

そのため、スクラムチームの外側の組織にまで手を出していかないと、早いサイクルでプロダクトを世に出し、アウトカムを提供し続けていくことが難しいです。

一番簡単で早いのは、アジャイルやスクラムを前提に組織や会社を立ち上げることでしょう。

最近では「出島」と呼ばれる戦略を取られるケースもよく聴きます。

ただ、上記は経営層が大きな危機感と実行力を持たないと実現できません。

そのため、多くの組織では小さく初めて成功体験を重ねながら、徐々に組織を変革していくことになるでしょう。

第Ⅹ部 スクラム番外編

こちらは番外編と言いますか、分類できなかったその他が集められたような感じになっています。

時間がない人は飛ばしてもよいでしょう。

第Ⅺ部 日本を中心に活動する実践者による10のこと

おそらく、日本語版だけのボーナストラックです。

こちらの10名は原著を読んだ上で、重複しない、独自の視点で、それぞれにしか書けないようなものとしたように思えるほど、貴重なエッセイとなっています。

「05 野中郁次郎のスクラム」の平鍋健児さんは日本のアジャイルの第一人者です。

アジャイルソフトウェア開発宣言の翻訳者であり、「レトロスペクティブ」を「ふりかえり」と名付けたのもこの方です。

多くの講演もされており、これだけすごいのに、いつも謙虚さを持たれているところを尊敬しています。

「07 F.I.R.S.T にあえて順位をつけるなら」の和田卓人さんはテスト駆動開発の第一人者です。

やはりアジャイルのテストの話しのエッセイとなっており、期待に応えてくださっています。

「09 インクリメントは減ることもある」の原田騎郎さんは日本人で二人目のスクラムアライアンスの認定スクラムトレーナーです。

インクリメントは製品の増分という日本語訳になっています。

しかし、機能を削ることもあれば、リファクタリング等によってプロダクトが小さくなることもあるのに、なぜインクリメントと名付けられたのだろうと思ったことがあります。

当時の思考の中での結論は、「プロダクトの物理的な量ではなく、プロダクトの価値の増分なのだ。」でした。

こちらを読んでみて、合っていた、とほっとしました。

「10 完成とは何か?」の吉羽龍太郎(Ryuzee)さんは多くの書籍の著者や訳書をされていて、名前をみたことがある人が多いと思います。

アジャイルコーチもされているようですが、書籍を通した日本へのアジャイルやスクラムに対する貢献は計り知れないでしょう。

まとめ|スクラム実践者が知るべき97のこと

一つ一つのエッセイが見開き2ページで完結するため非常に読みやすくなっています。

「第Ⅰ部 始め、適応、繰り返し」と「第Ⅺ部 日本を中心に活動する実践者による10のこと」は全て読んでもらいたいです。

その他は興味のあるタイトルを中心に読むと効果的だと思います。

そして、チームの状況によって特に重要な示唆が含まれているエッセイは、輪読会、読書会、ライトニングトーク(LT)の題材にするのも面白いでしょう。

ワークショップ|スクラム実践者が知るべき97のこと

ワークショップ的に下記のように進めてもサクッと短時間でやれるでしょう。

1.各自で同じひとつのエッセイを静かに読む(5分)

2.数人(3〜6名程度)で気づきをシェアしてディスカッションする(15分)

3.それぞれ最低一つ以上のアクションを出す(5分)

4.チームでアクションを一つ選ぶ(5分)

全体で30分程度で収められるのであれば、隔週や月イチのイベントにもできそうですね。

2021-05-02