【書籍】アジャイル実務ガイド(日本語版)の 感想|PMI|PMBOK|Agile Alliance

「アジャイル実務ガイド」はプロジェクトの計画や実施に対して、アジャイルを適用する方向けの実践的なガイダンスを提供するものとなっています。PMP(グローバルスタンダードと言われているプロジェクトマネジメントの資格)で有名なPMI(プロジェクトマネジメント協会)とAgile Alliance®️のコラボレーションにて発行されています。

  • 作品:アジャイル実務ガイド (日本語版) (Project Management Institute)
  • 出版社:Project Management Inst; None版 (2018/4/1)
  • ISBN-10:1628254238
アジャイル実務ガイド (日本語版) (Project Management Institute)

日本語版はどうしても英語版の直訳のようになってしまっているため、日本語としては不自然さがあります。英文を理解できる方は、ぜひ英語版をご覧ください。

pmbok®guide第6版日本語版 + アジャイル実務ガイド

「アジャイル実務ガイド」は「プロジェクトマネジメント知識体系ガイド PMBOKガイド 第6版(日本語)」とセットになっているため、合わせて読むと効果的でしょう。

「PMBOK」は主にウォーターフォール型(予測型手法と言われる)をベースに書かれており、「アジャイル実務ガイド」はアジャイル開発に対するアプローチをスピンオフさせた内容となっています。

また、英語版のタイトルは「Agile Practice Guide」となっています。PMBOKもそうですが、アジャイル実務ガイドにおいても特定の業界(例えば、ソフトウェア開発の業界)に特化した内容ではなく、広く汎用的に適用できるように書かれているため、あまり「実務」的ではないように感じます。タイトルは英語のママで「アジャイルプラクティスガイド」の方が、私としてはしっくり来ます。

いわゆる「アジャイル」に関する書籍は「アジャイルの世界が正しい」からそれを推進する、といった内容が多くなっています。しかし、本書はPMIが主体になっていることもあり、ウォーターフォール型とのハイブリットにも言及されており、より現実に近い問題、課題も扱われています。

「アジャイルネイティブ」の世代にはあまり響かないかもしれませんが、「ウォーターフォールネイティブ」でプロジェクトマネジメントをされていた方が、新たに「アジャイル」を学ぶ際に必須となる知識、マインドセットが多く含まれています。

また、本書を読むにあたって注意すべきことがあります。本書はPMI自体が執筆しているものではなく、ボランティアを募って作成しており、PMIは内容について評価・検証を行ったものでもなく、一切の責任を持たないとのことです。従いまして、本書の内容を盲目的に信じるのではなく、「このような考え方、手法がある」という捉え方をし、自身のプロジェクトに適用するのは慎重に判断する必要があります。

アジャイル実務ガイドの感想

本書は「PMBOKガイド」と「アジャイル」を紐づけることを目的とした内容となっています。アジャイルの要素が多く紹介されており、それらを学ぶきっかけとすることができ、学んだアジャイルの知識と「PMBOKガイド」の紐付けができます。

一方で、「アジャイル」を本質的に理解するほどのボリューム感がないため、本書のみでアジャイルを分かった気になることはできません。

ウォーターフォールの世界で活躍していてアジャイルというものを取り入れようと考えている方、ならびに、アジャイルは十分理解していて本格的なプロジェクトマネジメントを適用しようとしている方に深く刺さる書籍となっています。

また、特に印象に残っているのは「アジャイルとウォーターフォールのハイブリッド」に言及し認めていること、「アジャイルにおいてもプロジェクトマネジャーが必要」という立場を取っていることです。これらは他の「アジャイル本」ではあまり見られない要素となっています。

感想:★★★★☆

対象となる読者層が限定的なことと、日本語訳が不自然であることから「星4」としました。

この本を読めばアジャイルを実務的に運営できるようになるわけではありません。

タイトルが少し誤解を与えているように感じますが、PMBOKとアジャイルを紐づける唯一の書籍となるため、アジャイルプロジェクトのPMP保持者には必読書となるでしょう。

PMI(Project Management Institute)とは

プロジェクトマネジメント協会(PM協会、Project Management Institute、PMI)とは、非営利のプロジェクトマネジメントの組織であり、ワールドワイドでプロジェクトマネジメントの標準策定・資格認定・交流などを行っている。

ウィキペディア

PMIは1969年に設立された。PMBOKなどのプロジェクトマネジメントの標準の策定、PMPなどの資格認定などを行っている。日本には、PMIの日本国内唯一の支部である「一般社団法人 PMI日本支部」(PMIJ)がある。1998年1月に「PMI東京支部」として設立されたが、2009年1月1日に現在の名称に変更した。

ウィキペディア

アジャイル実務ガイドの目次

1.はじめに

2.アジャイル入門

  • 2.1|定義可能な作業と不確実性の高い作業
  • 2.2|アジャイル宣言とマインドセット
  • 2.3|リーンとカンバン方式
  • 2.4|不確実性、リスクおよびライフサイクルの選択

3.ライフサイクルの

  • 3.1|プロジェクト・ライフサイクルの特性
    • 3.1.1|予測型ライフサイクルの特性
    • 3.1.2|反復型ライフサイクルの特性
    • 3.1.3|漸進型ライフサイクルの特性
    • 3.1.4|アジャイル型ライフサイクルの特性
    • 3.1.5|アジャイル適合性フィルター
    • 3.1.6|ハイブリッド型ライフサイクルの特性
    • 3.1.7|アジャイルと予測型を結合したアプローチ
    • 3.1.8|いくつかのアジャイル構成要素を含む予測型アプローチ
    • 3.1.9|いくつかの予測的構成要素を含むアジャイル・アプローチ
    • 3.1.10|目的適合としてハイブリット型ライフサイクル
    • 3.1.11|移行戦略としてのハイブリッド型ライフサイクル
  • 3.2|アジャイル・アプローチの混合
  • 3.3|テーラリングに影響するプロジェクト要因

4.アジャイルの実装:アジャイル環境の作成

  • 4.1|アジャイルのマインドセットで開始
  • 4.2|チーム に力を与えるサーバント・リーダーシップ
    • 4.2.1|サーバント・リーダーの責任
    • 4.2.2|アジャイル環境におけるプロジェクト・マネジャーの役割
    • 4.2.3|プロジェクト・マネジャーはサーバント・リーダーシップを使用する
  • 4.3|チーム構成
    • 4.3.1|アジャイル・チーム
    • 4.3.2|アジャイルにおける役割
    • 4.3.3|汎化スペシャリスト
    • 4.3.4|チームの構造
    • 4.3.5|専任チーム・メンバー
    • 4.3.6|チームの作業場所
    • 4.3.7|組織内サイロ化の克服

5.アジャイルの実装:アジャイル環境での引渡し

  • 5.1|プロジェクト憲章とチーム憲章
  • 5.2|一般的なアジャイル実務慣行
    • 5.2.1|レトロスペクティブ
    • 5.2.2|バックログの準備
    • 5.2.3|バックログの洗練
    • 5.2.4|デイリー・スタンドアップ
    • 5.2.5|デモンストレーションとレビュー
    • 5.2.6|イテレーション・ベースのアジャイルの計画
    • 5.2.7|チームの価値創出を助ける実務慣行の実施
    • 5.2.8|イテレーションと増分が動くプロダクトの引渡しに役立つ方法
  • 5.3|アジャイル・プロジェクトの課題のトラブルシューティング
  • 5.4|アジャイル・プロジェクトにおける測定
    • 5.4.1|アジャイル・チームが結果を測定する

6.プロジェクトのアジリティに関する組織的な考慮事項

  • 6.1|組織のチェンジマネジメント
    • 6.1.1|チェンジマネジメントの駆動要因
    • 6.1.2|変革の準備
  • 6.2|組織文化
    • 6.2.1|失敗を恐れない環境づくり
    • 6.2.2|文化の評価
  • 6.3|調達と契約
  • 6.4|実務慣行
  • 6.5|複数チームの調整と依存関係(スケーリング)
    • 6.5.1|フレームワーク
    • 6.5.2|考慮事項
  • 6.6|アジャイルとプロジェクトマネジメント・オフィス(PMO)
    • 6.6.1|アジャイルPMOは価値駆動
    • 6.6.2|アジャイルPMOは招集指向
    • 6.6.3|アジャイルPMOは学際的
  • 6.7|組織構造
  • 6.8|組織の発展

7.行動の喚起

対象の読者

ソフトウェア開発を越えた様々な業界でアジャイルのアプローチを使用するプロジェクトチームに関わる人が対象となります。

特に、より良い結果を出すためのツール、状況判断のためのガイドライン、およびアジャイルの技法と手法を理解したい人向けとなります。

アジャイル実務ガイドの要説

アジャイルとは

アジャイルはリーンの概念に包含されること、マインドセット、アジャイル宣言の価値と原則から構成されていると表現されています。

さらっとアジャイルを理解するのは良いでしょう。ただ、内容が薄いためもっと理解したい場合は別の学びを得る必要があります。

ウォーターフォールを予測型と表現

いわゆる「ウォーターフォール」と呼ばれる開発の進め方のことを、PMBOKでは「予測型」と表現しています。

過去には「計画駆動型」と呼ばれていた時代がありました。しかし、ウォーターフォールでは最初に計画を立て、それを信じて進み続けます。一方で、アジャイルは常に計画をつくりながら進みます。つまり、アジャイルの方がより計画を重視しています。そのため「計画駆動型」という言葉は廃れたのかと思います。

それに対して「予測型」という言葉を現実世界で見かけたことはありませんが、言葉はしっくりきます。プロジェクト開始当初に誰も知らない未来の姿を「予測」し、それを信じて進みます。言葉の通りにあくまで「予測」であり、それが正しいかどうかの検証をすることなく、進めるのが「ウォーターフォール」と呼ばれる手法です。

プロジェクトを進めるにあたって、選択されるライフサイクルが4つに大別されます。

4つのライフサイクル

プロジェクトの進め方を大別すると4つに区分することができます。ざっくりとウォーターフォールとアジャイルの違いが分かります。

予測型ライフサイクル最初に計画を立てて一方向に進めるウォーターフォール。
反復型ライフサイクル短い期間で作業し、フィードバックを得ることを繰り返す。
漸進型ライフサイクル小さく成果物をつくりリリースすることを繰り返す。
アジャイル型ライフサイクル反復型&漸進型のライフサイクル。

上記を見ると、反復しているが最終成果物を作っていないケース、成果物をつくっていてもフィードバックを得ていない場合はアジャイルとは呼べないと解釈できます。中途半端なものは「なんちゃってアジャイル」と呼ばれることがあります。

アジャイルとウォーターフォールとのハイブリッド(混合)

ハイブリッドはアジャイル界隈ではアンチパターンと言われております。しかし、現実問題としてアジャイルに移行するためには様々なハードルがあり、一筋縄ではいかないケースが多々あり、望んでいなかったとしても結果的にハイブリッドを選択せざるを得ないことがあります。

本書が特徴的なのは、下記の4つのハイブリッド型を認めていることです。

1初期はアジャイル、その後はウォーターフォールとする。
2アジャイルとウォーターフォールが並行する。
3ウォーターフォールの中で、一部アジャイルを取り入れる。
4アジャイルの中で、一部ウォーターフォールを取り入れる。

アジャイルにもプロジェクトマネジャーは必要

アジャイルの手法の中には「プロジェクトマネジャー」というロールが定義されておらず、不要とさえ言われることがあります。しかし、本書ではアジャイルであっても必要であるという立場を取っています。プロジェクトマネジメント協会ですから当たり前といえば当たり前です。

ただ、サーバント・リーダーシップというアプローチが適しているとされています。

私はアジャイルであってもウォーターフォールであっても、「プロジェクト」である限りは「プロジェクトマネジメント」は必須と考えています。その「プロジェクトマネジメント」を担うのは必ずしも「プロジェクトマネジャー」という明確なロールでなくとも良いのですが、そのロール名があった方がより責任の所在が明確になるでしょう。

プロジェクトマネジャーはサーバント・リーダーシップ

プロジェクトマネジャー(PM)がサーバント型のリーダシップを求められることは、アジャイルの特徴のひとつとなります。

いわゆるピラミッド構造においてPMがトップにいてチームやメンバーがいるのではなく、チームファーストとなり、そのチームが最高のパフォーマンスを発揮するために支援することがサーバント・リーダーシップであり、PMの役割となります。

もしかすると、従来型のPM像からすると大きく違うかもしれません。しかし、優秀なPMは従来からサーバント・リーダーシップをも持ち得ていたと考えています。

また、本書で謳われれている「サーバント・リーダシップ」としてアプローチは、スクラムにおける「スクラムマスター」と多くが重複しています。「スクラムマスター」との一番大きな違いは「プロジェクトの成功に対して責任を持つか否か」と捉えています。スクラムマスターは適切にスクラムを回すことに対して責任を持ちますが、プロジェクトに対しては責任を持ちません(責任はチーム全体で持つもの、という考え方)。

レトロスペクティブがアジャイルにおける最も重要な実務慣行

レトロスペクティブ(ふりかえり)がアジャイルで最も重要な実務慣行とされていることにはとても共感し、安心しました。

PMIもそのように捉えてくれているのだな、と。

アジャイルを一言では「カイゼンし続けている状態」となるため、カイゼンするためにはふりかえりが欠かせません。

「実務慣行」という言葉はあまり馴染みがありませんが、イベント・アクティビティ・セレモニーと呼ばれるものや、プラクティスのことを指します。

ここでは代表的なものをさらっと紹介しているだけのため、より具体的に知りたい場合は各種のアジャイル手法(スクラム、XPなど)を習得いただければと思います。

ただ、いきなり完全体のスクラムに取り組むことは非常に難しいため、「レトロスペクティブ」や「見える化」から取り組むと良いと言われています。

PMBOK®ガイドとのマッピング

PMBOKガイドとアジャイルのマッピングが本書の目的になっているようです。

それぞれの知識エリアにおいて、アジャイルのプロセスをどのように適用していくかについて、マッピングされています。

付録のページ数が全体の1/3を占めている

多くのページ数が付録で占められています。上記のPMBOKガイドとのマッピングの他に、アジャイル宣言とのマッピング、各種アジャイル手法(スクラム、XP、カンバン、など)の紹介がされています。

この付録を参考に、それぞれの専門書からより深い知識を得るとよいでしょう。

アジャイル実務ガイドの感想のまとめ

私は「PMBOKガイド 第4版」の時にPMPを取得しています。ただ、PMBOKはウォーターフォール前提みたいな内容と受け取っており、少し距離を置いていました。その後、アジャイル開発を実践していくにあたり、アジャイルというマインドや手法に起因しない問題の取り扱いは、やはり、プロジェクトマネジメントが必要という考えに至りました。そこで、PMBOKに立ち返ろう、どうせならその最新版をと探したところ「アジャイル実務ガイド」に出会いました。

本書のアジャイルの部分は、私がこれまで学んできた知識と相違なかったためほっとしました。

ウォーターフォールとアジャイルは対極として比較され、「2項対立」が引き起こされ、互いが互いを批判し合うことがよくあります。

しかし、ウォーターフォールの良いところはアジャイルの中に入れられますし、アジャイルで良いとされているマインドやプラクティスの多くはウォーターフォールに入れられます。対立、対極ではない、というのが私の考えです。

本書はウォーターフォールとアジャイルを繋ぐ架け橋のひとつになれたら幸いです。

※Amazonの評価なども参考にしていただければと思います。

アジャイル実務ガイド (日本語版) (Project Management Institute)

本書では「スクラム」がアジャイルアプローチへの題材として扱われています。「スクラム」をより詳しく知りたい方には下記の記事がオススメです。

2020-04-16